2010年10月29日金曜日

ナゴヤ地域の産業について

名古屋商工会議所主催のメッセナゴヤに行ってきた。

メッセナゴヤは名古屋市でビジネスを展開する企業450社が出展するこの地域最大規模の見本市。
あらためてこの地域の会社の多さ、ビジネスの幅の広さを知りました。

ナゴヤ地域はトヨタ自動車中心に製造業が集積する地域。
古くは繊維業や窯業でも栄えており、創業100年以上を超える企業も全国の中でも割合多く残っています。ちなみにナゴヤ地域の伝統的な主要産業の流れは次の4つに分けられる。すなわち、土(窯業)、糸(自動車)、木、鉄(工作機械・電気)である。名古屋市が発行している産業の名古屋を参考に書いていきます。

土(窯業)の産業について

瀬戸、常滑、多治見、土岐に代表される焼き物の系譜。
明治期、福沢諭吉の影響を受けた森村市左衛門がアメリカニューヨークに登記を輸出するビジネスを始める。陶器を大量生産するために名古屋に専属窯を作る。それが今のノリタケカンパニーリミテッドの始まりである。それを皮切りに高圧がいしの製造をする日本碍子、衛生陶器を製造するTOTO(北九州)などいわゆる森村グループの会社が多く設立される。今もこの地域は森村グループの企業を中心に土(窯業)をベースにした企業が本社、拠点を置いている。
主な企業:ノリタケカンパニーリミテッド、日本碍子、日本特殊陶業、共立マテリアル、INAX、TYK、石塚硝子、ジャニス工業、鶴弥、

糸(自動車)の産業について

尾張、三河は綿織物の生産地で、特に一宮・江南方面は栄えていた。
この地域から名古屋に進出したのが今のタキヒヨーで、同根の瀧定と共に戦前の名古屋経済に強い影響力を持った。旧東海銀行の設立にもかかわっており同銀行の大株主でもあった。
この地域の繊維産業のための自動織機を発明し、会社にしたのが豊田佐吉である。彼は世の役に立つために織機の製造を志し、二度の会社設立の失敗を乗り越え豊田自動織機を設立しました。その性能は英国の紡績トップ・メーカーのブラット社に認められ特許を売却することになります。その特許の売却のためにイギリスに訪れた息子の喜一郎は、イギリスやアメリカでの自動車の普及に驚き自動車の製造を決意する。多くの社員の反対の中、自動車の製造に着手し、1937年に今のトヨタ自動車を設立する。トヨタグループのその後の隆盛は知っての通りである。
主な企業(糸):タキヒヨー、瀧定名古屋、豊島、モリリン、信友、KBツヅキ、近藤紡績所、クロスプラス、
主な企業(自動車):豊田自動織機、トヨタ自動車、愛知製鋼、トヨタ紡織、デンソー、アイシン精機、トヨタ車体、豊田合成

木の産業について

尾張藩は江戸時代に木曽谷を直轄領で持っていた関係からヒノキなど豊富な木材を木曽川経由で安価に手に入れることができた。そのため、木で作る家や家具などの産業は発達しており家具の製造に関しては今でも全国トップである。
江戸時代この地域は和時計の製造も盛んであった。これは徳川家康の時計を直した芸州浪人津田助左衛門が息子の義直に仕えたのが起源だとか。時計の生産と共にからくり人形の開発などこの地域に独自の技術が機械技術が集積された。この和時計はボンボン時計として明治期に中国を始めとしたアジアに広く輸出された。時計製造のノウハウを応用し、メーターの製造、軍事用飛行機の製造まで昇華させたのが愛知時計電機だ(航空機製造部門は後に分離し、今の愛知機械工業になっている)。飛行機は第一次世界大戦に実戦に投入されたが、当時の飛行機は木製布張りだったため、木工職人、時計職人が集積していた名古屋は製造に適していた。これも関係して、三菱重工、川崎重工、中島飛行機(のちの富士重工)などがこの地域に進出する。三菱重工はその飛行機製造のノウハウを、宇宙航空産業にまで広げている。また、国産飛行機として期待されるMRJはここから独立した三菱航空機が販売する。太平洋戦争時にはこの地域の飛行機の生産量は全国の4割だったそうだ。
日本の電車も始めは木で作られていた。明治時代に創業した日本車輛製造は木で車体を作り始めた会社でもある。当時同じ名古屋に鉄で車輛をつく多会社もあったが、鉄だとコストが高くつきあえなく廃業。気で車体を作っていたノウハウが新幹線の先頭部の滑らかさにつながり、今のリニア開発にも生きている。
主な企業(木):材摠木材、名古屋木材、カリモク家具、オリバー、愛知、
主な企業(時計・航空機など):愛知時計電機、尾張精機、リコーエレメックス、愛知機械工業、アイカ工業、三菱重工(名古屋航空宇宙システム製作所)、川崎重工(各務原)、富士重工(半田)、三菱航空機、日本車輛製造

鉄(工作機械)の産業について

工作機械の分野は前述の和時計やからくり人形の製造が産業的な基盤としてあった。
明治時代に佐賀からやってきた大隈栄一が、この地に製麺機械の会社を設立。この機械のノウハウが軍事機械や、航空機製造のための工作機械のノウハウにつながり、今のオークマの基礎ができる。大正時代には山崎鉄工所(後のヤマザキマザック)も創業。自動車の用の工作機械の製造として豊田工機(後のジェイテクト)、かつて豊田佐吉が創業に携わった豊和工業などもある。
主な企業:オークマ、ヤマザキマザック、森精機、ジェイテクト、CKD、豊和工業、旭精機工業、旭サナック、

鉄(電気)の産業について

東海地方は水資源に恵まれていた。
この立地に目をつけた投資家福沢桃助は木曽川水系に水力発電所を建設。当時2社名古屋にあった電力会社を合併させ今の中部電力の元を作る。また、木曽谷に巨大ダムを作り関西地方への電力の供給を試みる。これが今の関西電力の前身になっている。この電気事業は他の産業にも広がり、電気鉄道事業が名鉄になっている。これら電力会社の製鉄部門が独立してできたのが特殊鋼に特化しており、数々の製品で世界トップシェアを持つまでにいたっている。あと、イビデンももともと揖斐川水系の水力発電から始まった会社だ。
主な企業:中部電力、関西電力(東海支社)、名古屋鉄道、大同特殊鋼、イビデン


名古屋の産業史は調べていくととても興味深いです。
特に飛行機の製造のところにもあるように、戦前は名古屋が日本の飛行機製造の一大拠点だったり、実は軍事工場の集積地だったりと現代では表に出てこないことがいろいろと分かりました。事実、トヨタ系のサプライヤーで戦前創業の会社は元々、軍事関連機器の製造から創業した会社が少なくないはずです。ただ、軍事工場がたくさんあったために太平洋戦争時は激しい空襲にさらされました。日本の都市でも一番激しく空襲を受けたのは名古屋であったということも忘れてはなりません。そう思うとアメリカ製品も微妙に見えてきますが。
あと、電力会社というのも元々、国策で各地域にできたと物心ついたときに思っていましたが、明治期は日本各地に電気会社がありシェアを奪い合っていたとか。特に名古屋は2つの会社のシェア争いが激しかったとか。そこに福沢桃助と東京電力をまとめ上げる松永安左衛門がやってきて、中部電力と関西電力の元を作り、五大電力会社会社の2つとして全国に覇を唱えた。

産業史は、調べれば調べるほど興味深い。この分野は時間をかけて体系化していきたい。

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